【GLAYのHISASHI】アンチに煽られツイッター上でレスバトルの挙句ブロックされてしまう

HISASHI

炎上の経緯

ツイッター上で煽られ大荒れ



 
10日、ロックバンドGLAYのギターリスト「HISASHI」がアンチファンから「才能がまるでない」などと煽られブロックされる。

するとHISASHIはこのツイートを晒したあげく「ブロックすんなよ」などと煽り返す

ネット上では、この騒動にファン外からも注目集まる

「大人げない」「スルーしろよ」などといった意見や、「さすがにファンのマナーが悪い」など擁護の声があがる




 

(ネットの反応)

➡ひさしの反論、相手もひさしも悉く論点噛み合ってない感じ日本語不自由で現代のITにおけるコミュニケーションの限界すら感じるコミュ障

➡LiSAといいhisashiといい、相手が感情持った人間だって事忘れてる馬鹿が多すぎる気がする。

➡HISASHIさんはファンの人を平気でブロックするのに、自分がされたら怒るのはおかしいと思う。芸能人なんだから、誹謗中傷はあって当たり前だし、それが嫌ならTwitterなんか止めればいい。

1 2


  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

最新のコメント

  • 自分からエゴサして絡んだんでしょ。

    by 匿名 2018年9月22日 12:07 PM

  • 自分が作詞作曲してプロデュースしたグループの曲を発売日に買った(そのグループの)ファンのネガティブな感想ツイートをエゴサで見つけ、それを引用RTして約50万人の自分のファンに援護射撃を呼びかけたあげく恫喝する異常者。

    一対一で言い合うのではなく、自分が怒りを表していれば事実関係を確認することもないまま相手に突撃する盲目なファン達を引き連れた自分vsフォロワーの少ない一般人、という圧倒的にアンフェアな構図を作りながら相手を「ブロックすんなよ、かかってこい」と嘲笑。

    また、自分が一つの書き込みに対して一方的に怒りを表し相手にブロックされたという状況について「討論中に逃げるな」と怒りを表す。
    元々討論など行われておらず、幻覚を見ている可能性もある。

    その後ブロックするなよと言った立場ながら、ブロックはTwitterの機能であるのでそれを否定するのは間違っていると発言。その矛盾を突いた他のアカウントに対し回答をはぐらかし再度引用RTしてファンに叩かせる。

    最後怒りが静まったのか「なーんてね(笑)」と一連の怒りは冗談であったかのようなあまりに苦しい梯子外しをし、元々相手にリプライされた訳でもないのに「煽り耐性がないのも考えものですね」とクールな台詞でまとめて終わり。

    最初から最後まで理屈も筋も通っていなくても人数の暴力によって何でも思うように出来るのだという事をロックアーティストとして証明してしまう。
    そんなアーティストが今後”大義名分”だか何だかを歌ったところで、そこに何の意味や説得力があるだろうか。

    本来GLAYのファンクラブBBSなどの閉じた場所で裸の王様をやっていれば良いところを、一般に開かれた誰もが発言の自由を持つ(法律の範囲内で)Twitterにおいてもフォロワーの多さにあぐらをかきそれをやってしまう。

    自分が子供の頃から好きだったB’zが、あくまで個人のツイートとして書かれた自分に対してのネガティブな感想を一つも許さず大勢の自分のファンに攻撃をしむける、そんな去勢レベルの卑劣なアーティストでなくて心から良かったと強く思う。

    KellyPAMYAPAMYA

    by 匿名 2020年11月13日 7:36 AM

  • 根本の怒りを勝ったツイートは、同じようにバンド内においては作曲を担当する事が少ないラルクのyukihiroにもシングル曲になったヒット曲もあるのに、当アーティストにはそれがないのはやはり才能がないからだと
    そのプロデュース曲を聴いて確信し、それをあくまで個人のツイートとして書いた物だが一体その何が悪いのだろうか?未だに分からない。

    それに対して「ヒット曲以外が全てではない」「お前に何が分かる」などの非難リプライが乱発したが、それはあくまで個人の感想であって、そもそも万人が持つべき「絶対的に正しい感想」などは存在しない。
    同じラーメンを食べて美味いと思う人もいればマズいと思う人もいる。それは互いに尊重されるべき物である。
    仮に他の人間がマズいと書いたとして、美味いと思う自分の舌には自信を失くさなくて良い。

    それに加えて「他人が目にして不快になることを書くな」と沢山のアカウントに言われたが、そこまでの話になると例えばラーメンを食べて感想をツイートする際も多くのラーメン屋がTwitterアカウントを運営している昨今、彼らがエゴサーチをした場合を想定に入れた上で仮にマズくても「マズかった。才能ない」などとは書いてはいけないのだろうか。

    当然、本を読んだ際も映画を見た際にも全ての感想をポジティブな物に限定すべきという事になるがそれが正しいのだろうか。
    Twitterというツールにおいてそれは純粋なつぶやきなのだろうか。

    フォロワーの多いラーメン屋が、来店した客の感想に怒り、常連客を巻き込みながらその感想に対して自分が納得するまで問い正そうとする。
    それが今回の件の異常さであり、結局ここまで大人数に暴言を含めて責められながら、こちらに反省する要素を思い付かないことが心地悪い。
    タチの悪い当たり屋にぶつかられたような気分だ。

    散々自分を責めたGLAYファンも本人のツイートをたどると自分と同じように日頃あらゆる人間に対して好きだ嫌いだと心のままにツイートしていた。それを指摘するとブロック。
    元々自分の好きなアーティストが怒っているのを見てパブロフの犬のように反射的に相手に飛びかかるだけでそこに思考や論理はない。本人と同じく、話を勝ち負けと考えており言い返せなくなると悔しい→開き直る、という習性。

    少なくともこの理不尽さを事実として文字に残しておく事がこちらにとってのせめてもの抵抗かなと思っている。

    by 匿名 2020年11月13日 8:10 AM

  • 仮に私のツイートが何か法律に違反しているような物であるなら、黙って個人で訴えれば良い。
    ただ、訴えるにはあまりに理由が足りない事を理解していながら、いや理解しているからこそ、その代わりに50万人以上の自分のファンに晒し、攻撃させる。

    そういった有名税ならぬ「有名権」を行使して単なる個人のネガティブな感想をTwitterに存在させないようにする。

    さて、昔からGLAYのライブの映像がテレビ番組などで流れる際、観客が皆ステージに画一的に揃った手の振り方をする通称「GLAYチョップ」に対して常に生理的な嫌悪感を抱いて来た。しかしながら今になってその理由が分かった気がした。

    彼らがファンに対してコンサートという場を通じて説いてきたのは以下の3点。

    ・指導者の指示には必ず従うこと
    ・自分の頭では考えないこと
    ・とにかく、周りと合わせること

    本人の引用RTと同時に私に向けられたリプライの数とその内容に、やはりGLAYというバンドの根本にあるナチス的な本質を実感した。

    実際に、いまだに元々私がHISASHI氏にネガティブな感想を直接リプライし、それに対して本人が怒りを表したのだと思っているファンが大多数である。
    リプライをたどっても「忙しいHISASHIさんに対して、匿名という立場を良いことに文句をつけた人間」「本当はかまって欲しいんですよ」という固定イメージがほとんどである。

    この匿名云々というのもまた理解し難い物言いで、私は音楽含め食べた物や読んだ物の感想を書く際も匿名という属性を意識した事はなく、また実名でやっているfacebookでも何に関しても糞だと思ったら糞だと書いてきたし、逆に万人がネガティブな感想を書いた物に対しても自分が良いと思ったら良かったと自信を持って書いて来た。

    元々、匿名だろうが実名だろうが聴いた音楽、またその作曲家に対して感じた事を書くのは言論の自由であり、またその是非を裁くのもあくまで法律であり、決してその人物のファン達などではない。それは法を通さない乱暴な私刑である。

    個人的に、自分の中の確固たる論理や正義などではなく単純に人数を武器にするような人間は自分の中ではロックアーティストの対極に位置するような人間である。

    また、かまって欲しいのではという発言に関して。私は好きなアーティストは常にTwitterでフォローしているし音源を買いコンサートに行っている。いわゆるごく普通のファン活動をしている。それなのにわざわざフォローもせずに、本当は好きなんだという気持ちをdisるツイートをupすることにより表明するというような回りくどいスタンスを取った事はないし、また今後も取るつもりはない。

    この点にも、自分の好きなアーティストに対して否定的な感想を持つ人間が地球上にいるはずがないのだと心から思っている盲目的なファンの思考が見て取れる。

    GLAYの盲信的なファンに共通する習性というのは

    ・本人が怒りを表していたら、本人の言っている事が100%正しい
    ・正しいのだから実際に事実関係をわざわざ自分の目で確かめる必要などない
    ・本人が怒りを表していたらそれが同時に号令の意味となり、何の躊躇もなく相手を攻撃する

    というものである。
    それが既に完全に脳にインプットされており、それはいわば「人生GLAYチョップ」といったものだろうか。

    こういったファンのふるまいを実際に間近に直視すると、これまでファンではないが傍から見てGLAYというバンドには愛だ平和だというテーマをメインとして表現して来た存在だという印象があったが、実際そんな事はまるでなく、全くの上っ面の表面的な勧善懲悪をテーマとしていて、実際にやっている事はイスラム過激派とほとんど変わらないではないかという疑念を抱かざるを得ない。

    例えばL’Arc~en~Cielの場合、同じく愛や平和を歌うにしても彼らの場合はまず「人間は悪だ。」と言い切るところからスタートしている。人間はいくら過ちを犯しても本能が飽きたりず、そんな野蛮な衝動はもはやDNAに貼り付いているのだと。

    しかし逆に言うとそう言い切ってしまう所から全ては始まり、むしろそんな己の内面を鋭く見つめる事により、かろうじてそこに微かな光を見出して行く。
    だからラルクの歌詞にはリアルさや希望がある。

    しかしGLAYのファンの場合は、まず真実を自分の目で確かめる術もなく、いわば廃墟で王の座を狙っている悪戯な支配者をひたすら盲信し、何の迷いもなく攻撃に加担し”神の裁き”を行う。

    これだけ長く活動して来たバンドの曲を聴き続けてきた人達がこういった精神性なのだから発信して来たバンドもまた同じような物なのだろうなと思わざるを得ない。

    この情報処理能力とリテラシーの無さにははなはだ呆れるばかりである。
    しかしながらそれがまた皮肉にも、自分が思春期にL’Arc~en~CielやB’zにはハマったものの、「誘惑」や「とまどい」などの名曲はありながらも決してGLAYにはハマれなかった事の理由として今になって全てのパズルが掛け合わされたように腑に落ちてしまう。

    今回の件に関してもこの先永久に、”その力が汚れて見えても”真実の旗を振りかざしていたいと思う次第である。

    さて、最後の締めとして、以下の2点の作品をGLAYファンに捧げたい。

    私からの、広い心をもっての人生を生き抜くアイテムとして両方とも是非手に取って頂きたい物である。

    GLAYファンに聴いて欲しい曲
    稲葉浩志/孤独のススメ

    GLAYファンに読んで欲しい短編
    村上春樹/沈黙 (レキシントンの幽霊 収録)

    以上。
    @KellyPAMYAPAMYA

    by 匿名 2020年11月13日 5:50 PM

コメントを残す




関連記事

noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage
noimage

Menu

HOME

TOP